日大芸術学部・文芸研究実習?での研究を中心に、
色々書きたいと思います。
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初
めて『注文の多い料理店』を読んだのは小学校四年生の時だった。その時、読んだ自分がどう感じたのか良く思い出せないが、不思議さと少しの恐怖感を覚えたことだけは確かだと思う。
しかし今、読み返してみて思ったことがある。もしかするとこの物語は、賢治の“警告”なのではないか、と。
冒頭での表現によると、主役の紳士たちは新品だか高価であるかと思われる鉄砲を持ち、服装も西洋のそれで完璧に決めている。二人は恐らく裕福な環境に身を置いていると思われる。
次に、冒頭直後の台詞。鳥や獣を撃つことが痛快だと語っている。
察するに、彼らの行っている狩りは生計を立てていくためのものではない。「金持ちの道楽」だといっていい。
山猫に食べられてしまう、と気付いた時に二人は恐怖に陥る。しかしその体験は、普段この二人のような猟師たちの銃弾に、絶えず脅かされている山の動物たちの復讐劇であると、とらえられないだろうか。
そう考えると、紳士達が繰り返し扉の文字を鵜呑みにしてしまったり、真相に気付いた時の怯え方が私たちに滑稽に見えてしまうように書かれていることも納得できる。
宮沢賢治が言いたかったこと。それは、山に住む動物たちの声そのものなのではないだろうか。勝手な人間たちの手によって、虐げられている動物の、訴え。
そこから私が考えるのは、猟のことばかりではない。自分たちのエゴによって私たち人間が、自然界の営みを勝手に壊している現実である。
賢治がこのことを、自身の作品を通じて教えてくれているような気がする。
- 2005/06/06(月) 16:12:01|
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